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『世話をする』ー病人の世話をする、植物の世話をする
『面倒をみる』ー子供の面倒をみる
ほとんど同じ意味として使われる場合もあるのですが、
わずかに違いがあるとすれば、
『世話』には、『気を配る』というニュアンスが、
『面倒』には、『厄介なこと』というニュアンスがあるように思います。
『年寄りの面倒をみる』という言い方は、対象が自分の家族の場合はOKですが、
対象が他人の場合は、『お年寄りのお世話をする』の方が適当だと思います。
「年をとったら、娘に面倒みてもらうつもりです。」とは言っても、
「年をとったら、娘に世話してもらうつもりです。」とは、あまり言わないように思います。
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Rayさんからご意見をいただきました。 |
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「世話をする」「面倒をみる」についてですが、
私の考えでは、「世話をする」のほうは物理的・直接的なケアが基本、
(「シモの世話」など典型的)
「面倒をみる」はもっと抽象的、包括的なことに使う、というのが
大きな違いではないかと思います。
また、「面倒をみる」については、保護・庇護・支配、というような
「上に立つ」感覚が伴うのではないでしょうか。
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